日々是映画日和

日々是映画日和――ミステリ映画時評(89)

三橋曉

◆2016年公開ミステリ映画~悪魔の一ダース
1 手紙は憶えている(アトム・エゴヤン監督)
2 ミモザの島に消えた母(フランソワ・ファヴラ監督)
3 ダーク・プレイス(ジル・パケ=ブランネール監督)
4 孤独のススメ(ディーデリク・エビンゲ監督)
5 アウトバーン(エラン・クリーヴィー監督)
6 素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店(マイク・ファン・ディム監督)
7 人間の値打ち(パオロ・ヴィルズィ監督)
8 湯を沸かすほどの熱い愛(中野量太監督)
9 ガール・オン・ザ・トレイン(テイト・テイラー監督)
10 インサイダーズ 内部者たち(ウ・ミンホ監督)
11 探偵なふたり(キム・ジョンフン監督)
12 星ガ丘ワンダーランド(柳沢翔監督)
13 暗殺(チェ・ドンフン監督)

 年間回顧の季節がまためぐってきた。この連載でもミステリ映画の一年を、ベストテンより少し欲ばりな悪魔の一ダースでふり返ってみたい。

 ヒトラーとナチズムの主題は、映画の世界でも定番という安易な言い方がそぐわない重さがある。今年も、二十一世紀にあらわれたヒトラーが、今の世界をもいとも容易く煽動する『帰ってきたヒトラー』や、終戦直後のデンマークを舞台に、ナチスが悪いと片付けるだけでは済まない悲劇の根源を人間の業に求めた『ヒトラーの忘れもの』という傑作があったが、それと肩を並べる収穫がミステリ映画にもあった。現代のアメリカを舞台にしたアトム・エゴヤン監督の『手紙は憶えている』である。
 友人の手紙で強制収容所の記憶を呼び醒まされた九十歳の老人が、進行する痴呆に悩まされながらも、家族を死に追いやった元ナチスの兵士を探し求める復讐の旅は、異色のロードムービーの迫力がある。やがて待ち受ける衝撃が、主題と呼応しあうあたりも素晴らしい。米寿目前のクリストファー・プラマーとマーティン・ランドーのいぶし銀の名演も見どころだ。
 タチアナ・ド・ロネの小説を映画化したフランソワ・ファヴラ監督の『ミモザの島に消えた母』だが、同じ原作者の『サラの鍵』に勝るとも劣らないミステリの手法が冴え渡る。三十年前に母親を失った喪失感を今もぬぐえない兄妹が、家族の歴史に隠された真実を解き明かしていく。ノアールムーティエ島の自然を活かした終盤のサスペンスフルな展開もいい。
 プロパー作家の原作ものとしては、ジル・パケ=ブランネール監督の『ダーク・プレイス』(ギリアン・フリンの『冥闇』が原作)と、テイト・テイラー監督の『ガール・オン・ザ・トレイン』(ポーラ・ホーキンスの同題作が原作)が他を圧した。原作ものには、原典を越える何かを期待するのが常だが、両作はヒロインの切実さをより深く描いてみせた。国内では、瀬々敬久監督の『64(ロクヨン)』が、TVドラマではピエール瀧だった主人公を佐藤浩市が演じ、違った角度からの映画化が成功を収めたことも付記しておく。
『ダーク・プレイス』で怪しい犯罪愛好者らを率い、ヒロインのシャーリーズ・セロンを忌まわしき過去へ再び向かわせたニコラス・ホルトが、『アウトバーン』では天才的な自動車泥棒を演じる。タイトルからも想像がつくが、カーチェイスとクラッシュ満載のアクション映画だが、ベン・キングズレーやアンソニー・ホプキンスら曲者の悪役たちが跋扈する捻りの効いた犯罪映画としても出色。『ビトレイヤー』のエラン・クリーヴィー監督の演出が冴えている。
 オランダ発の『孤独のススメ』は、家族を失った一人暮らしの男が、迷い込んできた奇妙な男と寝起きを共にするうち、自らの生き方を見つめ直すきっかけを掴んでいく。と書くと、どこがミステリ? と突っ込まれそうだが、どっこい序盤の伏線を回収しつつ、超絶なサプライズが終盤で待ち構える。
 同じくオランダの『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』も、一見それらしくない。天涯孤独の大富豪が、自殺の手助けを請け負う死への旅行代理店と契約する。スイスには合法的に自殺を幇助する団体があることを『世界一キライなあなたに』で知ったが、こちらはもちろん非合法。思いがけず恋に落ち、契約を撤回しようとする主人公をめぐる中盤からの畳みかけが、ウエストレイクばりに意表をついてくるから、こたえられない。
 そして、イタリア映画祭で上映を経て、無事一般公開に漕ぎ着けた『人間の値打ち』にも一票。ミラノ郊外の都市を舞台に、濃やかな人間模様を描く本作は、視点を変えながら、クリスマス休暇を挟んでの時間の流れを幾度も繰り返し、事の次第を明らかにしていく。エレファント型ミステリ映画の正統派といっていいだろう。
 邦画では、『紙の月』で金銭感覚を失っていく横領犯になりきった宮沢りえが、今度は銭湯の女主人に挑む中野量太監督の『湯を沸かすほどの熱い愛』が、鮮やかに観客の足もとをすくう。同じくオリジナル脚本で、散り散りになった家族の絆をめぐり、ネガがポジに転じる瞬間が印象的な柳沢翔監督の『星ガ丘ワンダーランド』とともに、商業映画のデビュー作だというのだから驚かされる。
 香港、中国、台湾など中華系に意中の作がないのはやや寂しいが、韓国映画を三本。ウ・ミンホ監督の『インサイダーズ 内部者たち』は、政界とマスコミの癒着を描く社会派だが、芸能事務所を率いる政治ゴロのイ・ビョンホンが絡んで、二転三転の逆転劇へと繋がっていく。キム・ジョンフン監督の『探偵なふたり』は、推理好きの漫喫店長とベテラン刑事が期せずしてコンビを組む異色のバディもの。ぬるいコメディ・タッチがやがてスリルへと転じ、ミステリ的な面白さも侮れない。
 また、日本占領下の京城を舞台に、凄腕の女スナイパー、謎めいた密偵、奇妙な殺し屋が三つ巴で火花を散らす『暗殺』は、先読みの出来ない展開が心地よい。同じ監督の『ビッグ・スウィンドル!』や『10人の泥棒たち』ほどのケレン味はないが、激動の時代を象徴する緊迫感あふれる空気が全編にみなぎっている。