日々是映画日和

日々是映画日和
──ミステリ映画時評(88)

三橋曉

 ミステリ映画の引力圏にありながら、わたしの偏ったミステリ映画観との微妙なズレで、連載から洩れてしまう作品は少なくない。現在公開中のものでも。罠にかかった熱血検事のファン・ジョンミンが、刑務所の中から逆襲に転じる『華麗なるリベンジ』がその一つだし、実際の冤罪事件に取材し、弁護士時代の盧前大統領をソン・ガンホが演じる『弁護人』、『太陽が知っている』のリメイクというよりは絶妙な変奏曲の『胸騒ぎのシチリア』、偶然の事故が引き起こす人生の波紋をミステリアスに描いた『誰のせいでもない』にも、大いに後ろ髪を引かれる。それらを横目で睨みつつ、さて今月もこだわりの四本にいくとしよう。

 連続殺人をめぐる誤報から詰め腹を切らされ、解雇された記者のチョ・ジョンソクだが、偶然舞い込んだ一発逆転のスクープをものにし、元のTV局に次長として返り咲いた。しかし、ほどなくその情報も誤りだったことがわかる。そうとは知らずに現場を率いる美人報道局長のイ・ミスクは、警察に対して強気の姿勢を崩さず、捜査班のペ・ソンウと真っ向から対立。それを横目で睨みながら、主人公は捏造に捏造を重ねる悪循環に呑み込まれていく。
 ノ・ドク監督の『造られた殺人』は、マスコミの過剰な報道合戦を題材にしたコメディだが、主人公の記者が嘘で塗り固めた誤報が、はからずも現実のものになっていく展開が面白い。前半のユーモラスな展開から、サスペンスフルな方向へと転じる中盤の切り返しも見事だ。主人公には別居中の身重の妻がいるが、嘘から出た誠の事件は彼女を巻き込み、先読みを許さない終盤へと突入していく。やがて訪れるアイロニーたっぷりの幕切れも、見事にこの黒いコメディを締め括っている。(★★★1/2)

 原作は、巴亮介の〈ヤング・マガジン〉連載作で、大友啓史監督は、『秘密THE TOP SECRET』に続き、コミックの映画化を手掛けている。『ミュージアム』は、雨の日ばかりに犯行を重ねるカエル男と呼ばれるサイコパスの物語だ。〝ドッグフードの刑〟と称して空腹のドーベルマンに襲わせ、〝母の痛みを知りましょうの刑〟では糸鋸で肉をそぎ落とす。警視庁捜査一課の刑事小栗旬は、そんな被害に遭った者たちに意外な繋がりがあり、その環の中には妻の尾野真千子が含まれている事実に驚愕する。しかし家庭を顧みない彼を見限り、子どもを連れて家を出た妻は、行方が知れなかった。
 やや手垢のついた感のある、デヴィッド・フィンチャーの『セブン』直系ともいうべきシリアルキラーものの一つだが、猟奇的な手口をことさら強調する酸鼻極まる場面の連続に、ほとんど新味はない。大森南朋の刑事役(小栗の亡父)や、後半の地下室のシーンも、どこか既視感がついてまわるが、感心したのは、サイコパスの肥大した自意識を肉体化したような犯人を演じる妻夫木聡の怪演である。被りもののマスクを上回る異様さに、しばらく本人だと気づかなかった。『怒り』と同様、その半端ではない役作りに驚かされる。(★★1/2)

 ゴーストタウンと化したデトロイト近郊の町。ディラン・ミネットは、父が勤める警備会社から個人情報を拝借しては留守の家を物色し、二人の仲間と盗みを働いていた。ある時彼らは、盲目の傷痍軍人の屋敷から、交通事故死した彼の娘の慰謝料を盗み出そうと相談をする。重罪犯になる畏れからディランは尻込みするが、どうしても大金が必要だというジェーン・レヴィの懇願に、やむなく犯行に荷担する。しかし想定外の事態が彼らを待ち受けていた。
 監督は、『死霊のはらわた』をリメイクしたフェデ・アルバレス。とくれば、『ドント・ブリーズ』がどんな映画かはある程度想像がつくだろう。侵入者たちは、家主のステファン・ラングから不条理ともいえる反撃を受けるが、それにも実はきちんとした理由があるあたりからしてすでにミステリ的な本作だが、逃げ場を失った主人公らを襲うサプライズと、そのさらなる追い打ちには、伏線の裏打ちもなされている。悪趣味の極みに眉を顰めたくなるくだりもあるが、ミステリ映画好きであれば、随所で唸ること間違いなしのホラー映画だ。※十二月十六日公開予定(★★★)

 ジョニー・トーの新作『ホワイト・バレット』の原題〝Three〟は、三人の登場人物を指している。女性脳外科医のヴィッキー・チャオ、刑事のルイス・クー、そして武装強盗犯のウォレス・チョンである。舞台は病院、銃弾を頭部に受けた犯人グループの一人が、刑事の付き添いで救急救命室に運び込まれた。弾丸は前頭葉部に留まり、危険な状態だったが、女医が手術に入ろうとすると、男はなぜかそれを拒み、謎の電話番号を口にする。
 身動きのとれない犯人、共犯者を逮捕しようと必死な刑事、患者の命を第一に考える女医の三竦みの状態は、入院患者たちを巻き込みながら、次第に密室サスペンス劇の様相を呈していくが、やがて緊張感が飽和状態に達する。そこで巻き起こる自作のパロディのような激しい銃撃戦は、この監督のサービス精神が滲んでいる。『ドラッグ・ウォー/毒戦』にも出ていた、次々警句が口をつくギャング役のウォレス・チョンが、抜群の存在感で三主役の要を務める。おなじみのラム・シューやロー・ホイパンらも、本作のオフビートな色合いに、ひと役買っている。※一月十七日公開予定(★★★)

※★は四つが満点(BОМBが最低点)。公開予定日の特記なき作品は公開済みです。