第六十二回江戸川乱歩賞授賞式
帝国ホテル富士の間にて

 第六十二回江戸川乱歩賞に決定した佐藤究「QJKJQ」(応募時、犬胤究名義)への授賞式が、九月九日(金)午後六時より、帝国ホテル「富士の間」にて行なわれた。
 薬丸岳理事の司会のもと、主催の一般社団法人日本推理作家協会今野敏代表理事から、「選考のため受賞作を読んだ時から感動というか、一種の危機感を覚えた。実作家の立場から、彼をこのまま生かしておいたらやばいぞ、という危機感だ。佐藤さんのことは、すでにサトキューと呼んでいる。先日出張先の松山でラジオ番組の収録があり、好きな作品、推薦する作品を挙げてくれと言われたので、佐藤さんの作品を宣伝してきた。こんな危機感を抱かせる作家に、頑張って下さいとは言いたくないけれど、立場上言います。今後とも頑張ってください」と挨拶。続いて後援各社を代表して株式会社講談社代表取締役社長野間省伸氏、株式会社フジテレビジョン代表取締役社長亀山千広氏からの祝辞があった。
 授賞式に移り、本賞・江戸川乱歩像と副賞の一千万円が、今野代表理事より佐藤氏に贈られた。
 有栖川有栖、池井戸潤、今野敏、辻村深月、湊かなえの選考委員を代表して有栖川氏が「今回のタイトルが覚えにくいと聞くが、トランプの絵札であるQとJとKが対象に並んでいる。Qで始まって真ん中がKだからQJKJQという並び方以外はあり得ない。今野さんがサトキューというあだ名を付けてくれたので、作者の名前とタイトルがしっかり頭に入ったと思う。選考経過であるが、最初からこの作品に最高点を付けた選考委員が過半数いた。とはいえ多数決で即決というわけではなく、内容に関する討論、議論があったが、最後まで敵はいなかった。乱歩賞としてはモチーフからして異色だった。主人公の女子高生をはじめ一家全員が殺人鬼だという話であることは、読み始めてすぐにわかる。しかし唐辛子を一杯入れて辛いでしょ、というだけの小説だったら退屈だと思った。しかしそれは杞憂だった。しっかりした文章であり、知的で読ませる文章であることがすぐにわかり、これなら大丈夫だろうと読み進めていった。すると主人公の女子高生が、家の中であるものに気づく。その時から世界の裂け目みたいなものが見えてくる。ミステリーではなく、ファンタジーも通り越してホラ話になってしまうのではと思ったりした。だがさらに進んでいくと、ある地点からミステリーらしい収束というか、閉じていく力が働き出す。とはいえ、どこへ向かっているのかは、わからないままだ。そのこと自体がすごくスリリングだった。こういう形でミステリーを表現することは、乱歩賞作品として新しく、とにかく刺激的な作品だった。本書は始まりに過ぎない。これからどんなとんでもない作品を書いてくれるのか期待している」と選考経過の報告とエールを送った。
 受賞の挨拶に立った佐藤氏は「先日購入した「最果てにサーカス」という漫画は、フィクションと史実が入り交じった作品で、二人の主人公が出てくる。一人がまだ二十代の学生である小林秀雄。もう一人が田舎から出てきたばかりの十八歳の詩人中原中也だ。小林の同人誌の集まりに中也が参加し、仲間の一人と喧嘩騒ぎになる場面がある。中也は言葉とは何だと挑発する。喧嘩相手は、言葉とは思考を具現化する道具であり、文学とは人間の人智が結晶したものだと答える。それを聞いた中也は嘲笑う。おまえは何もわかっちゃいない。言葉とは神だ、俺たちはそのピエロに過ぎない、というのが中也の答えだった。私にとって漫画の中の中也の言葉は究極的な一言に聞えた。中也の言い方によれば、あらゆる文学、詩や小説は神のサーカスということになる。もし文学が神のサーカスでなかったら、われわれはこれほど心をひかれなかったのではないかと思う。言葉のサーカスというのは、すなわち夢のサーカスのことだ。路のずっと遠くからサーカスがやってくる。彼らが賑やかに、どこか悲しげに近づいてくる。私がマイクの前に立っている理由は、皆さま全員がここにいる理由と同じだと思う。子どものころに夢のサーカスを見たのだろうと思う。それが一冊の小説であり、ある人にはビートルズだったりする。そして夢のサーカスの後にくっついて家を出てきてしまったのだ。ここはいつか見た夢のサーカスの場所だ。われわれ小説家は有名も無名も含めて、すべて神の道化だ。夢は一夜限り、夜が明ければ跡形もなくなってしまう。どうか今宵一夜お見逃しなきよう。ありがとうございます」と喜びを語った。
 佐藤氏に花束贈呈の後、赤川次郎氏の発声で乾杯。五百人近い参加者が佐藤氏の受賞を祝した。