日々是映画日和

日々是映画日和(84)
――ミステリ映画時評

三橋曉

〝真実の物語〟と聞き、またかとうんざりすることもしばしばだが、ミステリ映画だけは別だ。というのも、『殺人の追憶』、『カエル少年失踪殺人事件』、『あいつの声』といった、単なる実録ものに終わらない韓国映画の秀作が次々思い当たるからである。一九七〇年代に実際に起きた誘拐事件だという『極秘捜査』もその一つで、さらわれた少女を奪還するため、はみだし者の刑事キム・ユンソクが奔走する。ミステリ映画とはちょっと違うが、占いの導師ユ・ヘジンが四柱推命学で捜査に協力するというユニークな展開がいい。同作を含む四作の未公開作品が上映される〈反逆の韓国ノワール2016〉は、六月下旬から翌月にかけ、東京と大阪で開催とのこと。

 さて、今月はやはり韓国発だが、こちらは時代背景が朝鮮半島をめぐる史実に忠実な『暗殺』から。日本統治下の二〇世紀初頭、親日派の実業家イ・ギョンヨンは、総督を狙った爆殺未遂事件のさ中、双子の娘の一方が行方不明になってしまう。その二十二年後、実行犯だったイ・ジョンジェは臨時政府の警務隊長になっていた。独立運動家のチョ・スンウと組んだ彼は、京城での秘密工作を指揮すると見せかけ、独立派の一網打尽を目論む。しかしそれが失敗するや、邪魔になった凄腕の女狙撃手チョン・ジヒョンら暗殺団を抹殺するため、殺し屋のハ・ジュンウとその相棒オ・ダルスを雇う。朝鮮総督府の司令官と彼に媚を売る実業家イ・ギョンヨンの命を狙う暗殺団一行は、二人の子息と娘の婚約を祝うパーティに照準を合わせ、やがて襲撃の時がやってくる。
 こみ入ったプロットで観客を煙に巻くあたりは、さすがチェ・ドンフンで、複雑な人間模様が入り乱れる前半は少し戸惑うかもしれない。しかしそこは『ビッグ・スウィンドル!』や『10人の泥棒たち』の監督のこと、凝りに凝ったプロットが解きほぐれていく後半にかけては、暗殺協奏曲とでも呼びたくなる物語に釘付けにされる。韓国人俳優たちの不慣れな日本語が、当時の状況をいやでも彷彿とさせ、日本人として複雑な思いにも駆られる。余韻に残る一枚の記念写真にまつわる仄かなロマンチシズムが印象的だ。※七月十六日公開予定。(★★★★)

『テロ、ライブ』(2013)は、爆破犯からの電話を受けたニュース・キャスターのハ・ジュンウが、犯人とのやりとりを独占中継する話だったが、『マネーモンスター』では、オンエア中の番組が丸ごとハイジャックされ、生放送される。銃を手にスタジオに侵入した男は、バラエティ仕立ての財テク番組〝マネーモンスター〟に大損をさせられた視聴者だった。パーソナリティのジョージ・クルーニーに爆弾を装着させ、起爆装置を握った彼は、株の暴落は人為的だと主張、責任者の説明と謝罪を要求する。
 ヘッドセットを通じて次々と指示を飛ばすディレクターのジュリア・ロバーツと主人公との緊迫したやりとりや、犯人狙撃の準備を着々と進める警察など、緊張感がいや増すばかりのスタジオ内と並行し、株価急落の謎が暴かれていく展開は、まさに正調のサスペンス映画。監督のジョディ・フォスターは、道化だった主人公が試練を経てひと皮剥けていくあたりにも焦点を合わせる。やがてカメラが町に出ていく展開は今どきの仕様だが、TVというメディアの暴走は、ルメットの『ネットワーク』(1976)が懐かしく思い出された。(★★★1/2)

 リメイクも様々で、まるでなぞったかのように原典に忠実な再映画化もあれば、先達へのリスペクトに基づき、もうひとつの別の物語を構築する例もある。ビリー・レイ監督の『シークレット・アイズ』は、後者の代表例だろう。民間の警備会社に籍を置くキウェテル・イジョフォーだが、前職のFBI時代に忘れられない事件と遭遇した。同僚のジュリア・ロバーツの愛娘がシリアルキラーの手にかかり殺されたのだ。十三年もの間、受刑者の写真をしらみ潰しに調べた彼は、遂に真犯人を突きとめる。今は自由の身となった犯人を追い詰めるため、かつての仲間で今は検事のニコール・キッドマンに協力を要請する。
 元はアルゼンチン映画の『瞳の奥の秘密』(2009)で、アカデミー賞の外国語映画賞受賞を記憶されている方も多かろう。舞台をブエノスアイレスからロスに移すなどの大きな枠組みだけでなく、事件の内容や被害者まで、細部にわたっての改変がなされている。さらに9・11後の世相を反映させている点で、アメリカでリメイクされることの必然性をきちんと見いだしている点が買いだ。存在感に水と油の隔たりがあるロバーツとキッドマンという初共演の二人を同じ物語の枠内に収めたこともお手柄だろう。(★★★1/2)

 先にティムール・ヴェルメシュの同題原作が評判にもなった『帰ってきたヒトラー』は、〝笑うな危険〟というコピーがそのものずばりの劇薬だ。職にあぶれたTVディレクターの目にとまったヒトラーに激似の怪しい男は、実は一九四五年に死んだ筈の本物だった。かくして現代にタイムスリップした第三帝国の独裁者は、謎の芸能人としてデビュー。テレビやネットを通じて、時の人としてその名を馳せていく。キャンディード・カメラ(どっきり)の手法などで、緩いお笑いムービーと見せかけ、観客の足もとを大胆にすくう監督・脚本のデヴィッド・ヴェンドの手並みはお見事。先の世界大戦の記憶が失われつつある今こそ、注目されるべき作品だ。(★★★)

※★は四つが満点。公開予定日の付記ない作品は、公開済みです。