近況

「あの日から」

斎藤純

 この3月で東日本大震災は5年目を迎える。
 被災地はようやく町づくりの土台ができたばかりで、仮設住宅に暮らす人々は今なお2万人に及ぶ。東日本大震災はまだ終わっていないのである。
 昨年末、岩手日報社から東日本大震災鎮魂岩手県出身作家短編集『あの日から』が刊行された。震災を忘れないでほしい、なかったことにしてほしくないという被災地の思いがこの短編集には込められている。
 震災直後、同じように岩手県出身作家の短編をまとめた『十二の贈り物』(荒蝦夷刊)が出版されたが、収録されたのは既発表作品だった。印税を被災者への義捐金に充てることが目的だったので、なるべく早く出版する必要があり、書き下ろしている時間がなかったからだ。今回の『あの日から』は、ほとんどが書き下ろし作品だ。
 実は私も含めて岩手の作家たちは、東日本大震災をテーマにした作品を書いていないことが、この短編集の話が持ち上がったときに明らかになった。想像を超えた悲劇を目の当たりにし、それを小説というフィクションにすることに誰もがためらいを覚えたのだろう。
 この作品集の話をいただいたとき、あることを決意した。私は震災直後に東日本大震災復興支援チームSAVE IWATEに加わったので、復興支援活動の詳細を知る立場にあった。だから、その裏話などを小説にすることもできた。しかし、それは私の本分ではない。ミステリー作家としてエンターテインメントを書くことで私なりに東日本大震災と向き合おうと心に決めたのだ。
 つらい道を選択したと思う。あの悲劇を舞台にエンターテインメントを書いていいものかどうか、私は悩み、逡巡し、何度も投げだしそうになった。自ら高い壁をつくってしまったと、つくづく後悔した。「あの日の海」というサスペンスをどうにか書き上げることができたとき、私はこれまでに経験したことのない達成感を覚えた。と同時に、私はこの作品を書くことで心の復興をすることができた。
 もちろん、「東日本大震災をテーマにしたエンテーテインメントなどけしからん」とおっしゃる方もいらっしゃるだろう。私自身、その葛藤に一番苦しんだ本人なのだから、よくわかる。私はこういう形で私のつとめを果たしたと言うしかない。
 『あの日から』には、高橋克彦、北上秋彦、柏葉幸子、松田十刻、久美沙織、平谷美樹、澤口たまみ、菊池幸見、大村友貴美、沢村鐵、石野晶の各氏の作品が収められている。