新入会員紹介

「神の憑り代」

蒲原二郎

 はじめまして。新入会員の蒲原二郎と申します。太った巨漢の僧侶兼、幼稚園の副園長です。アラフォーの独身ですが、心は比較的落ち着いています。どうぞよろしくお願いいたします。
 おかげさまをもちまして小生、本年『真紅の人(じん)』というタイトルの戦国時代小説を上梓することができました。これは四百年前、徳川家と豊臣家が激突した〝大坂の陣〟を舞台にしたもので、二年半の歳月をかけて調べ抜き、苦労に苦労を重ねて完成させたものです。大坂の陣の通説は、ほぼ嘘なので、これを打破するためにとにかく史料にあたり、現地に行って地形を確認しながら、来る日も来る日も悩み続けました。リアリティーを追及するため、甲冑を着て野山を走り回ったり、実際に城によじのぼったり、川に飛び込んだり(ユーチューブに動画をアップしております)しました。川では溺れませんでしたが、大阪のキタとミナミでは溺れました。真冬の真田丸跡地において、Tシャツ一枚で過ごしたりもしました。艱難と大阪の食い物は小生を太らせ、玉のような丸い体にしました。
 結果、苦労の甲斐がありまして、道明寺合戦の定説を覆すことに成功し、著名な学者先生からも激賞のお言葉を頂戴いたしました。今後は小生の新説が歴史のスタンダードになると思います。が、その割になぜか売り上げがいまいちパッとしません。最近では「内容が悪いんじゃないか?」説も濃厚に漂ってきております。しかし、それは作者として絶対に認めたくないところ。今は来年の大河ドラマ『真田丸』に一縷の望みをつなぐだけの日々を悶々と過ごしております。皆様のあたたかいご支援を賜れれば幸いです。
 さて、文芸の神からはそっぽをむかれ続けている小生ですが、麻雀の神からは愛され続けて早三十八年になります。神といいますか、仏といいますか、人知を越えた存在が我が両腕に宿っているのは、小生と卓を囲んだことのある者が、誰しも認める事実です。その証拠ではありませんが、たび重なる我が一発ツモを目撃した人間は、生まれてきたことを半ば呪いながら必ずこう言います。「神がかりだ。あまりにも卑怯である」と。
 なんだかひどい言われようだと思われるかもしれません。しかし、個人的にはその言い分はごもっともだと思っています。基本的に「断么九(タンヤオ)」と「平和(ピンフ)」、「清一(チンイツ)」と「混一(ホンイツ)」くらいしか手を作らない上に、点数計算もろくにできない人間に負けたら、誰だって口惜しくて歯ぎしりするはずです。高い手を張っていたのに、二千九百点の安手で流されたらたまりません。おまけに嶺上開花(リンシャンカイホウ)されたら、気が遠くなるのも無理ありません。
 しかし、しかしです。やはり現実としては、我が神(もしくは仏)の引きの前においては、練達の猛者たちも点棒の箱を空にし、虚しくペヤングソース焼きそばを食べて、泣き寝入りする他はないのです。作家生命と私生活はまさに四面楚歌状態(虞美人もいない)ですが、ツキ頼みの麻雀だけは誰にも引けをとりません。まるで超常現象のような話ですが、これは事実です。想像してみてください。かろうじて盲牌(モーパイ)できる白牌を手にした瞬間、小生が低い声でつぶやくのです。「あんた、背中が透けてるぜ」と。もちろん上がり手は白ドラ1です。
 昨年、ひょんなことから〝無の境地〟に達しそうになりました。が、全力で悟りを拒否し、なんとか俗世に舞い戻ることができました。そのせいか、最近ではますます澄みきった精神状態で麻雀をぶつことが可能になりました。食いタンで上がろうが、何だろうが、親であり続けるために、罪悪感を感じることは一切ありません。小生は今日もあたかも宗教的誓願のように高らかに宣言します。「ロン。中のみ」と。最高の笑顔が、ともに卓を囲む方々への最高の報恩です。
 日本推理作家協会では、毎年麻雀大会があるそうなので、非常に楽しみにしております。究極のパフォーマンスを見せるために今から毎日水をかぶり、霊力を高め、潔斎を続けております。あと一カ月もこれを続ければ、安手上がりをやめ、まさかの「九蓮宝燈(チューレンポートー)」や、親の「字一色大三元(ツーイーソーダイサンゲン)」を披露することも可能になると思います。四角四面の世の中で、四角四面の麻雀卓の上で小生が放つ光輝と香気。五感で感じていただけたら幸いです。皆様にはご指導ご鞭撻、そして遠慮ない「フリコミ」をお願いし、簡単ではございますが、小生の挨拶とさせていただきます。