日々是映画日和

日々是映画日和(70)

三橋曉

 ミステリ映画ではないが、間もなく公開される『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』は、冒頭、ヒッチコック(ロジャー・アシュトン=グリフィス)が、ニコール・キッドマン演じるグレース・ケリーを訪ねて、公国にやってくる。サスペンス映画の巨匠は、『マーニー』の主演女優として、彼女を口説きにはるばるやって来たという設定だ。そのタイトルからも察せられるが、ハリウッドからモナコ公国の大公に嫁いだグレース・ケリーのその後を描くこの作品だが、『マーニー』やヒッチコックをめぐるエピソード(ただし潤色あり)があったり、後年のグレース・ケリーの死の伏線とも思えるシーンがあったりと、ミステリ映画好きの稚気を大いにくすぐってくれる。

 さて、インドネシア発の格闘アクシヨン映画として話題になった『ザ・レイド』の続編『ザ・レイドGOKUDO』は、前作で新米のSWAT隊員として麻薬王征伐に手柄をあげたイコ・ウワイスが、汚職警官一掃のためマフィアへの潜入捜査を命じられる。受刑者になりすまし、刑務所でボスの息子アリフィン・プトラに近づいた彼は、出所し組織の一員に迎えられるが、アリフィンの暴走により日本から進出してきたヤクザとの休戦協定が破られ、町は戦争状態の混乱に陥ってしまう。
 『死亡遊戯』の五重塔を老朽ビルに置き換えた集団抗争劇だった前作では意図的に省かれていた人物描写と物語性が、今度はたっぷり。ほぼ一時間尺が長いが、それでいて冗長感はなく、こういう作品も撮れるのだというギャレス・エヴァンス監督の自負がのぞくようだ。暴力シーンの手数と遊びの精神の過剰さはタランティーノを思わせ、遠藤憲一、松田龍平、北村一輝のヤクザ役がピリリと空気を締める。かくして、血なまぐさいアジアン・テイスト香るハードボイルドな犯罪映画が出来上がった。折りしも撮影が始まった前作のハリウッド版リメイクにもギャレスはプロデュースで名を連ねており、そちらも興味をそそられる。
※11月22日公開予定(★★★1/2)

 お次は、香港映画界の人気者三人が顔を揃える『レクイエム最後の銃弾』。ラウ・チンワン率いる麻薬捜査チームは、同僚で幼馴染みのニック・チョン、ルイス・クーとともに危険な潜入捜査に明け暮れていた。ある時めぐってきたタイの麻薬王を捕えるチャンスに、家族のため危険な第一線を退きたいと訴える部下の背中を無理矢理押すようにして、チームはタイに乗り込む。しかし作戦は失敗。返り討ちに遭い、部下の一方を犠牲にするしかない状況で、リーダーは苦汁の選択を迫られる。
 お話は、そこから一気に五年後へと飛ぶが、観客に目を瞠らせる大胆不敵な展開が素晴らしい。突っ走る一方の前半とはペースを一変させ、香港ノワールの伝統に則った男たちの友情のドラマが浮き彫りにされていく。監督は、『香港国際警察/NEW POLICE STORY』が評判のベニー・チャン。ど派手なアクションと、人の心と繋がりを描く繊細さを同居させた演出が見事だ。
(★★★★)

 ちょっと意外だが、島田荘司作品の映画化は、これが初めてとのこと。『幻肢』は、この八月に刊行された同題の書下ろし作品が原作だが、脚本は監督でもある藤井道人が、原作者やプロデューサーと膝を交え、作りあげたものだという。(因みに、映画と原作では視点が違う別作品になっている)
 病院のベッドで目覚めた医大生の吉木遼は、自分が起こした交通事故について、どうしても思い出すことができなかった。車には恋人の谷村美月が同乗していたらしく、周囲の態度から彼は彼女が死んだことを察する。間もなく親友の遠藤雄弥の奨めで受けたTMS治療で、主人公はまるで幻を見るように恋人のことを思い出していく。やがて固く閉ざされていた事故当日の記憶がひもとかれる時がやってくる。脳をケミカルなマシンと割り切る一方で、その脳が見る幻想をロマンチックに描いてみせる。未来の幽霊物語を見るかのようだが、収束点のミステリ的な整合性にも違和感はない。まとまりはコンパクトだが、脳という未踏の領域へと踏み込んでいく勇気が魅力だ。
(★★★)

 本年二月、悲報が世界を駆け巡ったフィリップ・シーモア・ホフマンの最後の主演作が『誰よりも狙われた男』だ。ドイツのハンブルグ、テロ対策を担当する政府秘密組織を率いるホフマンは、密入国した若いチェチェン人をマークしていた。イスラム過激派として国際指名手配中を理由に即刻逮捕を迫る内務機関と対立しながら男を泳がせたのは、テロ支援の黒幕を捕らえるためだった。CIAベルリン支局のロビン・ライトを懐柔するとともに、男を守ろうとする人権団体の弁護士レイチェル・マクアダムスを宥め、着々と準備を進めるホフマン。銀行家のウィレム・デフォーの協力を取り付け、黒幕を罠におびき寄せるが。
 有能な指揮官でありながら、過去の作戦失敗の悔恨を抱える主人公は、組織への忠誠心と不信感を同時に抱える複雑な人物として描かれる。個人の尊厳など平気で踏みにじる国家を向うにまわし綱渡りのような作戦を敢行する彼に汚名をそそぐ機会は訪れるのか。原作はジョン・ル・カレ。去り行く主人公の後姿が瞼に焼きつくラストが、この名優のフィナーレに相応しい。
※10月17日公開予定(★★★★)

 元々はホラーゲームという『劇場版零~ゼロ~』は、山間に佇む寄宿制の女子学園を舞台に、生徒の失踪事件が相次ぐ。間もなく水死体で見つかった少女たちは、いずれも“女の子だけにかかる”と噂されるおまじないに捉われていたと噂された。事件につながる写真の中の少女と瓜二つの中条あやみに嫌疑がかかるが、それを晴らすため彼女は友人の森川葵とともに、問題のおまじないを試し、少女たちの死の真相に迫っていく。
 中盤までは、ユリ風味+お耽美系ホラーの展開だが、さすがは『バイロケーション』の安里麻里。終盤は、こう来たかと膝を打つミステリ的展開のつるべ打ち。ティーンズ雑誌のモデル出身というヒロインコンビの瑞々しさも、作品にマッチしている。
(★★★)

※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。
*特記なき限り、既に公開済み