新入会員紹介

入会のご挨拶

湊かなえ

 はじめまして、湊かなえです。この度、縁あって日本推理作家協会に入会させていただくことになりました。
 2008年8月に『告白』でデビューして丸6年が経とうとしています。自分が走る距離もわからないまま全力疾走してきた感がありましたが、昨年の夏頃から、長く走り続けるためにペースを見直そうと、少しずつ調整するようになりました。そうして、5月の連休明け、2週間ほど仕事をしなくても後々苦しい思いをしなくてもすむ、夢のような休息時間を持てる見通しが立ったのです。
 何をしようか、と問いかけるように鏡の前に立ち、ゆっくりと自分の姿を眺めているうちに泣きたくなるほど虚しくなりました。
 誰だ? このくたびれたおばさんは、と。
 体重は10キロ以上増えているのでさすがに自覚はあったものの、顔色は悪いし、目の下にクマが出来ているし、首筋から肩にかけてパンパンに膨れ上がっています。おまけに白髪もちらほら見つかりました。
 そこで、この2週間を、自分のメンテナンス期間にすることに決めました。
 血流改善や美白効果のあるサプリメントを購入して飲み、風呂はいつもの3倍の時間をかけて入り、普段あまり手に取らない海外の恋愛小説を読みました。料理にも時間をかけ、食物繊維をしっかり取り、そして、ぐっすり寝ました。なかなか出席できずにいたソフトバレーの練習にも出かけ、思い切りからだも動かしました。至福のひとときというのはこういう毎日のことをいうのだ、と満足感に浸りきっていたのですが……。
 一週間目、突然、奥歯がシクシクと疼き始めました。ここですぐに病院に行けばいいものを、なまじ健康で病院慣れしていない私は鎮痛薬で様子を見ることにしてしまい、耐え切れず病院に駆け込んだのは、その3日後です。
 左下の奥の歯茎の中で横向きに成長していた親しらずの周りが膿んでおり、歯茎を切開して歯の周りをぐりぐりとかき回しながら膿みだしをするという処置に、41歳、あまりの痛さに泣きました。しかし、問題はここではありません。
 このようなことになった原因として、お医者さんから「何か血行がよくなるようなことをいきなりしませんでしたか?」と訊かれました。意味がわからない、といった顔をしていたのでしょう。マッサージとか、温泉とか、エステとか、具体例まで挙げられました。「近年珍しいくらいリラックスした生活を1週間ほどしました」と答えると、「ああ、それだ」と言われ、歯の治療が終わるまで、血行がよくなることをすべて禁止されてしまったのです。
 リラックスしたら歯が痛くなる。
 なんだそりゃ、と頭の中で100回以上繰り返し、10回は口にしたかもしれません。そういえば、泳ぎ続けていないと死んでしまう魚がいたっけ? いや、飛び続けていないと死んでしまう鳥だったか。そういえば、赤い靴をはいた女の子は踊り続けなければならなくなり、足を切り落としてもらったのではなかったか……。
 そんなことを考えながら、この6年間しんどいながらもそこそこ健康な日々を送ることができたのは、小説を書き続けていたからなのか、という境地に至りました。
 ダメだ、こんなこと絶対に編集者の皆さんに知られてはならない。私の健康のために執筆を依頼する、などという構図が出来上がってしまっては、まさに無間地獄!
 取材などで、「なぜ小説を書くのですか?」と訊かれたら、これからは「歯が痛くなるから」と答えよう。「そこに山があるから」よりもある意味切実さを帯びていて、かっこいいかもしれない。
 宿命を背負った作家……。
 そういうことですので、これからも書き続けていきたいと思います。
 ――と締めくくろうとしたのですが、朗報が入りました。親しらずを抜いてしまうと、血行がよくなっても大丈夫なようです。「このあいだより痛いよ~」とどんなに脅されても、抜歯ウェルカム! しかし、その頃には連載の締切が近付き、リラックスタイムは終了です。
 というわけで、がんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。