第六十回江戸川乱歩賞授賞式 帝国ホテル富士の間にて

 第六十回江戸川乱歩賞に決定した下村敦史「闇に香る嘘」(「無縁の常闇に嘘は香る」改題)への授賞式が九月五日(金)午後六時より、帝国ホテル「富士の間」にて行われた。
 京極夏彦事業担当常任理事の司会のもと、主催の一般社団法人日本推理作家協会今野敏代表理事から、「江戸川乱歩賞は回を重ねて六十年が経った。人間でいうと還暦である。その記念すべき年に下村さんが受賞されたことは非常にめでたい。この受賞者は乱歩賞のために生まれてきた人ではないかと思っている。後ほど選考委員や本人からも触れられると思うが、長いこと乱歩賞だけに応募してきた。そのことはわれわれも心強く、嬉しく思っている。こういうチャレンジ精神にあふれた若い作家が、今後もどんどん乱歩賞から生まれてくることを期待している」と挨拶。続いて後援各社を代表して株式会社講談社代表取締役社長の野間省信氏、株式会社フジテレビジョン代表取締役社長亀山千広氏からの祝辞があった。
 授賞式に移り、本賞・江戸川乱歩像と副賞一千万円が、今野代表理事より下村氏に贈られた。
 有栖川有栖、石田衣良、京極夏彦、桐野夏生、今野敏の選考委員を代表して有栖川氏が「今回は私にとって初めての選考会だった。選考会では冒頭に各委員が候補作を三段階で評価する。今回はその時点で受賞作は稼いだポイントが高かった。次いで、各作品の長所や短所など議論を重ねるのだが、最後まで受賞作に別の作品が並んだり、追い越すような場面がなかった。スタートダッシュでトップに立ちそのまま逃げ切ってのゴールインだった。本作は六十九歳の視覚障碍者が主人公で、中国の残留孤児として帰ってきた兄が偽物ではないかと疑問を持つのが、基本的な謎である。その疑惑を調べようとすると、彼の周囲で不穏なことが次々と起きていく。殺人事件が冒頭で起きて、犯人は誰でしょうという話ではないのだが、主人公にとって、非常に切実な謎を、文字通り手探りで探っていく。そのプロセスの推理と、最後に兄の正体に関する謎が浮上してくるのだが、非常にサプライズのある、しかもそこに答えがあったのかという盲点を突いた結末がある。さらにもう一段、あそこにも仕掛けがあったのかというトリックがあり、最後の最後に小説として、ドラマとしてのカタルシスを与えてくれる着地点も用意されている。実に周到な作品だった。本の帯に「絶対評価でA」という私の言葉が引用されているが、これは読んだ時からの感想で、応募作の中でAということではなく、五月の時点で今年を代表する一本になると確信した。選評にはこの言葉は出てこないが、選考会で本当に口走ったことなので、編集者の捏造ではない。今日は華やかだが、明日からはひたすら小説を書くという、嫌になるくらい地味な仕事が待っている。だがいままでため込んできたアイデアやパワーを一気に放出させて、日本を代表するような作家になって欲しい」と選考経過を報告しエールを送った。
 受賞の挨拶に立った下村氏は「選考に携わったすべての方々に感謝します。応援してくれた家族、知人、友人すべてに感謝します。皆の力強い言葉がなければ今日の受賞はなかった。応募していた時から心がけていたことはたくさんある。その中でも一つ。間違って奇跡の一冊で受賞してしまったら、後々苦労すると思うので、しっかり自力を付けてから受賞したいと思った。過去に四度最終選考で止まってしまった。しかし一作一作、成長してこられたと思う。いただいた選評を見ても、その成長を実感できた。しかしながら本書に対して選考委員、編集者、読者からいただいた思わぬ高い評価を目にするにつれ、結局のところ自分にとって奇跡の一作でデビューしてしまったのではないかと、戦々恐々としている。しかし本作を奇跡の一作にしてしまったらいけないと思う。これからも目の前にある一作一作に最良を尽くして書いていきたい。私はまだスタートラインに立ったばかり。より一層精進して作品を書いていきたい」と喜びと抱負を語った。
 下村氏に花束を贈った後、東野圭吾氏の発声により乾杯。五百名近い参加者が下村氏の受賞を祝した。