リレー・エッセイ「翻訳の行間から」

清澄白河でホームズを読んだ

島村浩子

 昨年、ひょんなことから翻訳ミステリー大賞シンジケート後援の読書会世話人を引き受けることになった。私自身が読書会というものに参加した経験があまりなかったので躊躇したが、頼もしい同業者と編集者が一緒に世話人をやってくれるというので決心した。北は札幌から南は福岡まで、シンジケート後援の各読書会が好評を得ているなか、私たちが担当することになったのは新たに起ちあげる東東京読書会だった。
 「東東京ってどの辺まで?」「せっかくだから下町情緒溢れる場所で開けたらいいよね」「会場は雰囲気のいいカフェがいいなあ」などと話し合ったものの、当初会場探しはちょっと苦戦した。会場候補を十軒近くリストアップしたのだが、席数、アクセス、料金という面でこちらの希望に合うところがなかなか見つからなかったのだ。問い合わせをしてみると、特に料金の面で希望と現実の隔たりが大きかった。考えが甘かったかなーと思いはじめたころ、メールで問い合わせをしていた一軒のブックカフェから返事があった。とても良心的な価格設定だったので、さっそく世話人全員で下見に行くことにした。
 ブックカフェのある場所は清澄白河。近くには相撲部屋があったり、話題の東京スカイツリーが見えたりで、「東東京」の読書会の場所としてはうってつけに思えた。さらにブックカフェは店内のレトロな雰囲気も面白いし、お店のオーナーがとても感じのいい方だった。目立たない場所にあるにもかかわらず、イベントなどの予約が詰まっていたが、空いている日になんとか予約を入れてもらうことができ、第一回読書会の開催場所と日程が決まった。決まったあとで知ったのだけれど、そのブックカフェは元印刷所だった木造の建物をそのまま使っているとの話だった。記念すべき第一回読書会の会場が、なんだかとても本と縁がある場所になった気がして嬉しかった。
 読書会は参加者が課題作を前もって読んでおき、当日みんなでディスカッションをする形式だ。翻訳ミステリーに関しては、「ちょっと敷居が高い気がして」という声を聞くことがあるので、課題作は翻訳ミステリーのビギナーでも気軽に手に取れるものという点を重視し、最近BBCテレビの〈シャーロック〉やロバート・ダウニー・ジュニア主演の映画《シャーロック・ホームズ》の影響であらためてブームが来ているホームズ作品から「ボヘミアの醜聞」「赤毛組合」「まだらの紐」の短篇三篇を選んだ。すると、ネットでの告知から一日で申し込み数が定員に達してしまい、世話人がびっくりすることになった。恐るべし、ホームズ人気。
 かくして第一回東東京読書会は大盛況のうちに無事終了! といきたかったが、そうは問屋がおろしてくれなかった。なんと開催日の九月三十日に台風が東京を直撃。参加者のみなさんが帰宅困難になる可能性も予想され、残念ながら当日の午前中に中止の決断をせざるをえなかった。この時とてもありがたかったのが、土壇場のキャンセルにもかかわらず、読書会本会と二次会を予定していたお店が、どちらもキャンセル料などはいっさいいらないと言ってくださったことだ。お店側の寛大な対応がなかったら、中止の決断が遅れ、参加者のみなさんへの連絡も遅れて、かえってご迷惑をおかけしてしまったかもしれない。
 結局、約一カ月遅れとなったものの、第一回読書会は十月二十七日に当初予定していた会場で無事に、そしてにぎやかに開催することができ、参加者のみなさんにも楽しんでいただけたようだった。世話人一同ホッ。
 第二回東東京読書会は神楽坂でアイリッシュを読むことに決まったが、清澄白河では第三回以降の会をぜひまた開きたいと思っている。

 さて、次は同門の先輩、田辺千幸さんの登場です。どうぞお楽しみに!