追悼

山沢晴雄さんを悼む
─感熱紙の原稿と密室の立体図

芦辺拓

 山沢晴雄さんに初めてお会いしたのは、かれこれ二十年前、私も会員である《SRの会》の例会が、大阪・堺の会員宅で行なわれたときのことでした。
 一九九四年に作家専業になったものの、まだ周囲に会社を辞めたことを公言しなかったころか、ひょっとしたらそれ以前に顔を合わせていたかもしれませんが、記憶にあるのはそのときのことです。久しぶりに例会に足を運んだのは、アマチュア作家として知る人ぞ知る的存在だった山沢さんが、新作の犯人当て小説を引っさげて参加されると聞いたからで、それもあってか有栖川有栖氏も同席していました。
 最初に山沢さんのお名前に接したのは、「幻影城」七六年十一月号の「電話」。当時の推理小説としては珍しく大阪が舞台になっていたのに興味をひかれたものの、何の著者紹介もないのに(同じ号の「探偵作家風土記・近畿篇」に名が挙がっていましたが)とまどったものでしたが、やがてこの人のことは鮎川哲也先生が認めた作家として知ってゆくことになりました。
 やがてご当人と幾度か会い、その温厚そのものといったお人柄に触れるとともに、掲載誌を集めては作品を読み進むうち、いかに本格不遇の時代とはいえ、これほどの作品が埋もれたままでいいのかという思いがつのってゆきました。
 それが、あとになって鮎川先生の監修のもとアンソロジーの編纂を手がけた際、山沢さんのパートあってこそ伝説の合作となった「むかで横丁」、超絶技巧というほかない中編「離れた家」を収録させていただくことにつながったわけです。これらは主として若い読者から大きな反響を得たものでした。
 そんな山沢さんが、発表媒体もないままこつこつと作品を書きためられ、すでに複数の長編を完成されたと知ったのは、まだ二十世紀のころだったでしょうか。感熱紙にプリントアウトされた原稿を預かり、コピーを取らせていただいて何人かに読んでもらったのですが、当時の私の力ではそれを公刊させるには至りませんでした。その後、大学の推理小説サークル「甲影会」の叢書"別冊シャレード"から、さらなる長編新作をふくむ全九冊もの作品集が同人誌として刊行され、かなりの好評を得たのはせめてのことでした。
 その後、なかなかお会いする機会はありませんでしたが、拙著をお送りするたびに長文のご感想を寄せられ、それらは大いなる励みとなるとともに、山沢さんの本格ミステリにかける情熱が少しも衰えていないことをうれしく思ったものでした。
 あるとき、私は山沢さんが冒頭に記した《SRの会》の会誌に寄せたエッセイを読みました。それは、高木彬光氏の『随筆探偵小説』に載せられた内外の名作密室ミステリの現場図解についてのもので、ありがちの平面図ではなく、まるで立体模型を見下ろすように描かれたそれをほめるとともに、図版がひどく不鮮明なのを残念がられた内容でした。
 私もこの本の図が大好きで、はるか以前に初出の「科学朝日」誌を図書館で探し出してコピーを取っていたので、大阪の旧宅にもどったときにそれを発掘し、山沢さんのエッセイからだいぶたってからですが写しを送らせていただきました。折り返しいただいたお手紙は、もったいないほどの感謝の念と、願っていた鮮明な図版と数十年ぶりにめぐりあえたうれしさを語ったものでした。
 このとき、私は一つの強い思いにかられました。八十歳をとうに超え、なお密室トリックの立体図に無邪気なまでの喜びを吐露する先輩作家──何より本格ミステリをこよなく愛し続ける人の作品をもっと世に問うべきだと。幸い、中短編の大半は日下三蔵氏の尽力によって『離れた家──山沢晴雄傑作集』(日本評論社)に収められたので、今度は長編をというわけです。
 実は私は山沢さんに対し、ご当人はたぶん意識されることはなかったろう恩義がありました。私の作品に示されたあるご好意がなかったら、大げさでなく推理小説の筆を絶っていたか、絶たないまでも激しい不信感を抱くに至っていたかもしれず、これはそれに報いる何よりのチャンスのように思われたのです。
 そこで、大阪の宅に置いてあった別冊シャレードの『山沢晴雄特集』シリーズを、懇意にしている編集者に読んでもらいました。意外だったのは、ミステリファンの間では十二分に評判になったそれらの私家版が、商業出版の世界では相当に目配りがきき、当然山沢さんの名もよく心得ている編集者にも知られていなかったことで、初めて接した長編群の出来映えに驚いたその人からは、出版に向けた検討に入るとの色よい返事がありました。
 ただ、私が長編出版のために動き出したのはあまりに遅く、また万一の場合を恐れてご当人にそのことを伝えておかなかったのがあだとなり、去る一月三十一日、山沢さんの訃報に接することとなってしまいました。
 今はただ、ご冥福をお祈りするとともに、本格ミステリに注がれ続けた無垢なまでの愛情をたたえ、第二、第三の著書を送り出すお手伝いができなかった非力をおわびするばかりです。どうか、安らかに……。