日本推理作家協会会報

新入会のごあいさつ
大門剛明


 

 はじめまして。このたび入会させていただくことになりました大門剛明と申します。
 私は昨年、横溝正史ミステリ大賞をいただき、五月に『雪冤』でデビューいたしました。日本推理作家協会の一員になれたこと、光栄ですとしか言葉が見つかりません。まだまだ実力不足かと思いますが、先輩方に追いつけるよう精進していきたいと思います。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
 私のデビュー作『雪冤』は冤罪ミステリという形式をとっています。死刑囚がいてその無実を信じる探偵役が事件の再調査に乗り出すという形式です。ただ冤罪ミステリの枠組みを壊し、新たなものを構築したいという野心があり、思い切った展開にしてみました。一方で死刑制度や冤罪、といった重いテーマに関し、自分なりの掘り下げを試みてみたいという思いもありました。犯罪の被害者加害者双方をしっかり描き、そういった掘り下げをしていくことこそが物語を面白くすると考えたからです。
 私がそう考えるにはきっかけがあります。鏡の前に立ち、自分の顔をよく見ると鼻の中央から右側にかけて傷があるのに気付きます。一生消えることのない裂傷です。この傷がついたのは十年近く前、京都市内に住んでいた二十代半ばの頃でした。暴走族風の若者たち四、五人に因縁をつけられ、顔面の骨を砕かれたのです。
 その日の夜九時頃、半額シール目当てで私は近くのスーパーに行きました。そこで夕食を買って出てきたところ、私の自転車に彼らがまたがっていました。この辺りは娯楽施設がいくつもあり、たまり場のようになっていたので多分そこから来たのでしょう。私がどくように言うと。彼らは一度サドルから降りたもののしつこくつきまとってきました。言われてどくことが、屈服したように感じたのでしょう。女性の仲間もいたので恥をかかされたと思ったのかもしれません。私は去り際に殴られました。殴られた鼻の傷からは噴水のように血が噴き出し、スーパー前の通行路を朱に染めました。スーパーの方が連絡して下さり、病院に担ぎ込まれてからは激痛と共に顔が大きく腫れあがってずいぶん男前にされていたことを覚えています。後に『雪冤』に登場する西陣警察署で調書を取られました。私は暴行傷害事件の被害者になっていたのです。ちなみに今も彼らは捕まっていません。
 ただあの事件の際、先に手を出したのは私の方でした。執拗にからみつく若者の髪を引っ張り、いいかげんにしろと押し倒しました。髪を引っ張れば形式的に傷害罪の構成要件に該当します。またそうすることは、彼らに暴行の口実を与えることにもなります。そのことを認識しつつ私はそうしたのです。逃げることはできたにもかかわらず、もうどうにでもなれと自暴自棄になって向かっていったのです。
 当時、私は鬱屈とした思いで日々過していました。就職できずに大学院に進んだものの途中で辞めてしまい、これからどうやって生きていくかと途方に暮れていました。空白の履歴が日々拡大していく中、一発逆転を狙って司法試験の勉強を始めたのもこの頃です。ただ動機はあくまで自分のためでしかありません。酒や博打に興味があったならそちらに走っていたでしょう。いわば逃避としての試験勉強だったのです。
 ですから私は自分そういう目にあった。だから犯罪被害者の思いがわかる――そう言うつもりはありません。犯罪の被害にあわれ、身内を殺された、自分の心を殺された人々の思いは私には真に理解はできないでしょう。私の傷は重傷ではありましたが、死に至るものではありません。やり返したいという怒りはありましたが、それは被害者の方の比ではないと思います。ただ私は自分の事件を振り返って人間は単純じゃない――そう考えずにはいられません。様々な思いがあり、様々な原因があって犯罪は起こる。そのことを深く考え、考え抜いた上で文章にしてみたいと思ったのです。そしてそれはきっとこれからの文筆活動において、一生をかけて取り組んでいかなければならないことであると感じています。ただあまりにもそちらに傾斜し、ミステリとしての面白さがなくなってしまってはいけないので難しいところですが、何とか頑張っていきたいです。
 鏡に映るこの傷は、冬になると少し痛みます。それは私に自分自身の愚かさを思い出させてくれます。ただ同時に書いていくことの財産になっていくようにも思います。これからもこの傷の痛みを忘れないよう、人間というもの、事件というものをより深く描いていければいいなと思っています。どうかよろしくお願いいたします。