このたび入会させていただきました、渡辺裕之と申します。名前を聞いて、「ああ、あの」とおっしゃる方は、おそらく「ファイト、一発」の同姓同名の俳優の渡辺氏を思い浮かべられているのではないかと思います。実際、インターネット上では、「俳優の渡辺さんが本を書いている」という記述も多々見かけますが、残念ながら私は俳優ではありません。
紛らわしいついでに追記しますと、俳優の渡辺氏とは七年来の友人で、家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっています。渡辺氏はテレビで知られているように面倒見がよく、人とのふれあいを大事にされる本当にいい男です。奥様の原日出子さんも気さくな方で評判通り料理が上手です。夫婦揃って似合いのカップルですね。
渡辺氏の方が二歳年上なので、私は彼を「渡辺さん」と呼び、私は「なべちゃん」と呼ばれています。あるいは、配役のように渡辺A、B(ちなみに私がB)と呼び合うこともあります。互いに了解しているので問題ないのですが、酒の席などで第三者が入ると「俳優の方」とか「こっちの」とか「そっち」とか紛らわしいことこの上ないです。
渡辺氏とは、七年前に出版したSF時代小説がきっかけで、知り合いになりました。小説の方は、まったく売れず業界の厳しさを知るいい教訓となりました。以来、世に出ることもない小説を何本か書くことになりましたが、幸い三年前に祥伝社さんから出版された「傭兵代理店」シリーズが好調で、なんとか食っていけそうだと最近は思っております。作家としての自覚も出て来たというところでしょうか。そのため、業界デビューは自分では三年前と考えております。
「傭兵代理店」は、タイトルの通り傭兵が主人公のハード・アクション小説です。武器はもちろん格闘シーンもふんだんにあります。辛口の友人からは、人がいっぱい死んじゃう小説などとさんざん言われています。資料も武器や軍事関係が多いので、端から見たら危ない人と思われるかもしれませんが、本人はいたって普通の人間です。少なくとも本人はそう思っております。
駆け出し者の小説家としての悩みは、資料だけではなかなかリアルなシーンを描くことができないということです。想像力が足りないと言われればそれまでですが、格闘シーンなどは資料からは得られないものがあります。居合いは以前からたしなんでいたのですが、それでは足りないと思い、昨年の夏から合気道を習いはじめました。私が習っている中村派武田流の合気道は、練習でも技を決めて投げが入り、試合では手刀の打ち込みもあるハードなものです。技を決められると、時に悲鳴を上げてしまうほどです。最初の一ヶ月は、練習の翌日寝込むこともしばしばありましたが、最近ではやっと慣れてきました。
慣れると図に乗り、昨年の暮れから杖道も習いはじめました。認知度が低い武道ですが、三尺の棒を使う棒術とお考えください。居合い、合気道、杖道と作品のためならと歳も顧みずにはりきり過ぎて、案の定右肘を故障してしまいました。情けないもので、牛乳パックも持ち上げられないという状態になり、原稿を書くにも(私の場合、パソコンのキーボードに打つが正解)肘痛に堪えながら、という悲惨なもので、私の小説で言えば銃で撃たれた主人公が仲間に負傷を隠し、任務を果たすというハードボイルドな生活(誇張し過ぎました)をしばらく余儀なくされました。
十日ほどいろいろ治療を試みましたが、シップは患部を冷やすため却って悪化させることが分かり、結局お灸が一番という結論に達しました。モグサの香りも慣れてくるとなかなか気分をほぐしてくれるものです。この部分は、キャラに反しますのでここだけの話にしておいてください。現在は快方に向かっており、合気道と杖道は再開しています。
ところで作家は孤独な職業だと思っておりましたが、推協に入会できたことで見識が変わりました。もちろん執筆は孤独な作業ですが、少なくとも職業観は変わりました。私を推協に引っ張ってくださったのは同い年でありながら作家としては大先輩になる柴田哲孝さんで、彼いわく推協のメンバーはいい人ばっかりという言葉を信じて推協の新年会に出席させていただき、なっ、なるほどと納得しました。
新年会ではビンゴで三等賞を当て景品授与の際、前の方で簡単なご挨拶をさせていただきましたが、記憶には残らなかったのではないかと思います。今後は、ハード・アクションだけでなく他のカテゴリーでも意欲的に作品を書いて、みなさまの記憶に残るようにがんばりたいと思います。