日本推理作家協会会報

水くさい話
和久峻三


 

 このところ、アルコール類は殆ど飲まないので、「私の飲み物」ということになると、水である。ばかばかしいと思うなかれ。水は人の健康保持のために、必要不可欠なものである。そもそも人間の体は、水の集まりと言っていいだろう。成人では、体重の六〇パーセント、新生児では八〇パーセントが水だ。およそ生命は、原始の海から誕生したというのが、かのオパーリン学説であるが、何とはなしに納得できる。ところで、われわれが日常使用している水道水は、水源の汚染によって、もはや煮沸せずに飲用するのは不適当であると近ごろでは考えられている。ではどうするか。京都時代に、私は市販のミネラルウォーターを片っ端から買い込み、そのラベルに記載されている成分の一覧表を作り、親しい間柄の内科の大学教授に意見を仰いだ。どの水が一番健康に適するかという難題である。やがて、ファックスで回答がきた。「どの水を飲んでも大丈夫です。ただし、硬水よりも軟水がよろしいでしょう。カルシウム成分が多い水は、人間の骨にはよいでしょうが、他にマイナス点がありますので……」と。「マイナス点とは何ですか?」と電話でたずねたが、ご本人は言葉を濁して答えない。
  そこで、私なりに結論を出した。日本産の水は、軟水でカルシウム分が少ないが、欧米産の水にくらべるとおいしい水というにはふさわしくない。そんなわけで、とりあえず、エビアン、ボルビック、クリスタル・ガイザーの三つを選び、交互に飲むことにした。エビアンは、カルシウム分が多く、硬度二九一度。明らかに硬水であるが、栄養学上、マグネシウムとのバランスが極めてよいので、カルシウム過多によるマイナス要因は心配ないのではないかと、例の内科の先生の意見を求めたところ、そのとおりですという返事だった。エビアンという水は、飲むとわかるが、何となしに甘い感じがする。これはマグネシウムの含有量が多いからであるらしい。一方、ボルビックは、やはりフランス産でありながら硬度五九度の軟水だ。まろやかな味の水で、何となく安心感がある。
  一番気に入ったのはクリスタル・ガイザーである。これは硬度三八度で、日本産なみの軟水だ。ロッキー山系から汲みあげられた水で、含まれているの成分のバランスがよいのか、たいへんおいしい水なので、いまのところ、これが一番お気に入りだ。ただし自動販売機で買う小さなボトルのクリスタル・ガイザーと、輸入発売元から直接取り寄せた一ガロン(三・七八リットル)入りのものとは、おいしさがまるで違う。なぜだろうかと私なりに考えてみた結果、おそらく一ガロン入りは、空気に触れる機会が少なく、源泉の味が損なわれていないからではないかと思う。浄水器を使って水道水を浄化するという手もあるが、これについて、例の内科医の意見を聞いたところ、「フィルターを頻繁に換えるのならまだしも、一か月以上同じフィルターを使っていると、フィルターの効果が著しく損なわれますよ」という意見だった。
  ミネラルウォーターは高くつくが、ガソリンやアルコール類などに比べると安いものだと思う。人の健康は、ただでは手に入らないという教訓をいまさらのように自覚された次第である。