南極へ行きたければ南極観測隊員になるしかなかった。だから南極へ行きたくて理系の学部を選んだ。
ところがあとから野田秀樹という男が入ってきていっしょに劇団をつくったら、これがけっこうすごい芝居ができる予感になり、客足もまさに千客万来。(というのはたぶんいいわけだが)そのせいであまり学業成績は振るわず、南極へ行きやすい地球物理だとか天文学だとかそういう学科には進めなくなっていた。
それでも、実験をしているのが好きで大学院へ進もうと思っていたのだが、なんだか、つきあっていた女と将来のことなどというやりとりがあったせいで、(というのもたぶんいいわけだが)電機メーカーに就職して半導体のエンジニアになった。
そのあと、女にふられた腹いせに始めたヨットに夢中になりつつ、ヨットで知り合った女と結婚し、その後、メーカーの給料では新しいヨットを買うことができないからと、給料目当てに転職した。
まもなく計画通りにヨットを買い換え、以後、とりあえず食費以外の金には興味が無くなった。
そんなあるとき、ふと昔に思いを馳せれば、どうやら中学生ぐらいから自分は小説家になりたかったのだと思い出した。どうしてそれを忘れていたのかわからない。が、たしかに、魂のどこかでそれを決めていたのだ。
そうとわかれば、さっそく小説を書くしかない。
さて、書くほどに上達はするが最終的に必要なテンションがわかってくる。(となるとまた新しいいいわけだが)自分の能力では「面白い仕事」と執筆の両立はできないと思った。
というのも、なりゆきで担当したのがシリコンバレーに会社を作る仕事で、これがめっぽう面白いうえに、月に二回も日米を往復するハードワーク。往復の飛行機も通勤電車も執筆時間にあてていたが、カリフォルニアで突然意識喪失のうちに信号無視のあげくレンタカーを全損させた時点で寝る時間も削る限界に来ていた。
それでも、これもいつかはネタになると必死でくらいつき、辞め時を探し続けているうちに、(さいわいにも、とは口が裂けても言えないが)いよいよ事業の雲行きはあやしくなり、(いいわけではなく)ついに客観的にも会社を畳むタイミングにしか見えなかったので、その会社にも自分にも引導を渡して、ついに都合十八年間の会社員生活を辞した。
そこで初めて書いた長編がさっそくサントリーミステリー大賞の候補にはなったけれど、そう易々と問屋が卸すわけでもなく、それからは非常勤取締役というパート労働をしながら「専業・小説家志望」をつづける生活。
もちろん予定通り、昔、実地で仕入れたネタでシリコンバレーを舞台にした長編も書いたのだが、「半導体? ベンチャー? なにそれ?」と行き先がないままボツの山の中に埋もれていた。普通に分類すれば国際サスペンス小説だろうけれど、経済覇権がテーマだからとダイヤモンド社の賞に拾われて、ついに念願のデビューとなった。
やれやれ、なんとかはじめの一歩を踏み出した。思えば短かからぬ人生、物心ついた時から、ヒマだったりつまらなかった日は一度もなかった。自分自身、それが当たり前だと思っていた。昨日も今日もこれからも、人生というのは忙しくて面白いものなのだと。ところが、世の中、どうもそうでもないらしい。つぶすヒマがそこら中に溢れている。そのくせ本を読まない人も多いという。
ちょっと待ってくれ。
経済の言葉でそれを潜在市場という。
アフリカへ市場調査をしに行った靴屋が、草原を裸足で走っている人たちをみたときのようなものだ。いま靴が売れていなくても、靴を履いている人がいない国は「靴が売れる可能性」に満ちている。
つまり、そこは小説というエンターテインメントの入り込む余地だらけではないか。小説が(関係者が望むほどには)売れていないということは、新規参入者には、もしかしたら(そう、あくまで、もしかしたら)よいことだ。
というわけで、このたび、先達のひしめくところに参加させて頂きました。阿川大樹です。
大風呂敷な大ボラ吹きを目指します。よろしくお願い致します。