日本推理作家協会会報

官能と暴力
矢月秀作


 このたび、縁あって入会させて頂くことになりました、矢月秀作と申します。
  わたしに書くきっかけを与えてくれたのは、源氏鶏太さんの『三等重役』という大衆喜劇小説でした。
  わたしが生まれる前の作品でありながら、その軽快なタッチと起伏に富んだストーリー展開にグイグイと引き込まれ、読んでいるうちに、自分もこういうものを書いてみたいな……と思うようになり、筆を執りました。
  けど、いざデビューしてみると、わたしの作品は、官能と暴力に特化していきました。
  著作は二十作を越えてると思いますが、そのほとんどは、官能とバイオレンス作品です。
  元々、ロマンポルノやノワール系のアクションが好きだったこともありますが、ほのぼのとした喜劇を書きたかったはずのわたしが、なぜに官能やバイオレンスなのか?
  不思議に思って、小説を読み返してみたり、喜劇映画や舞台をよく見返してみたら、理由は明快でした。
  喜劇も官能もバイオレンスも、根っこは同じなのです。
  喜劇は世の中の理不尽を笑い飛ばすもの。官能は理不尽を肉感で昇華させるもの。バイオレンスは文字通り、理不尽を力業で撃破してしまうもの。
  どれも根底に“世の理不尽”がありました。
  私の場合、それを笑い飛ばすわけじゃなく、力業や肉体的にねじ伏せようとしたのでしょう。その結果、官能と暴力へ特化していったのだと思います。
  そっちへ流れる素地となったのは、東映ヤクザ映画やロマンポルノ、フレンチ・香港ノワールといった映画でしたが、小説的には、芥川龍之介の『羅生門』、カフカの『変身』、レイ・ブラッドベリの作品、そして、イソップだと思います。
  小さい頃、とにかくイソップが好きで、夢中で読み倒していました。
  特に、コウモリの話が好きでした。
  動物チームと鳥チームがケンカを始め、どっちとも取れる姿をしたコウモリは、情勢を見て、有利な方へ味方してしまいました。ところが、やがて両チームが和解した時、どっちつかずだったコウモリは、どちらの仲間にも入れてもらえず、臍をかむことになる。
  この話。教訓としては、八方美人はよくないよみたいなことですが、わたしにとっては「世間は冷たいな」と感じさせられた物語でした。
  演劇では、藤山寛美さんの『人生双六』という喜劇が好きです。
  努力して成功した人間と、努力しても成功できなかった人間。世の中、どんなに努力しても満たされないことがあるという理不尽を、正面から描いて笑い飛ばしたこの喜劇は、秀逸だと思います。
  源氏さんの喜劇も、よく読んでみると、ただおもしろいだけでなく、そういう理不尽さがあちこちに散りばめられています。
  だから、源氏さんの描く世界に引き込まれたんだろうと思います。
  けど、そういう感覚があるせいか、バイオレンスなどを書いていると、主人公より、理不尽に見舞われ朽ち果てていく脇役のほうに感情移入してしまい、最後にはどっちが主人公なのか、わからなくなってしまうこともあります。
  そうならないように、もっと練り込んで書いていくことが、今後のわたしの課題だと思っています。
  一方で、少年に対する目は、そこまでひねくれてはいないところもあります。
  わたしの作品の多くには、少年が登場します。たいがいは、討ち死にしてしまうのですが、小心で臆病だった少年が、一時でも勇気を振り絞って、かなわないとわかっている敵に向かっていく。
  そのノスタルジーには、美を感じます。
  官能の長編小説も、少年から大人になっていく過程を描くものが多いです。
  自分ができなかったこと、やり残してきたことを、その少年たちに投影しているのだろうとは思いますが、同時に、今くすぶってる少年たちに、少しだけ勇気を振り絞って踏み出せば、一日でも早く踏み出すことができれば、可能性は無限大に広がるものなんだということを感じてほしいという思いもあります。
  最近は、少年の幅を同世代まで広げて考えています。いくつになっても“成長”は人生のテーマだと思いますので。
  これから、どんなジャンルを書くにしても、そういうテイストは捨てずに書いていくつもりです。
  こんなわたしですが、会の一員として、今後ともよろしくお願いいたします。