光原百合さんからご指名の際、アニソンカラオケの女王という過分なお褒めを頂戴したのに最近めっきりカラオケに行く機会も減ってしまいました。反省して精進したいと思いますが、残念ながら今回はカラオケとはまったく無関係のお話をさせていだきます。
もうずいぶん前のことになりますが、毎年渋谷で開催されていた『プロの少女漫画家志望者のための教室』に一日ゲスト講師として呼ばれていた時期があります。ある年、夫の勤務地が銀座から渋谷に変わったので、教室が終わってから待ち合わせて食事でもしようということになり、「終わる頃に受付に声をかけて」と頼んだのですが、そこでちょっと気になることがありました。
私は野間美由紀という旧姓の本名で仕事をしていますので、結婚後の戸籍上の名字を知っている人はそれほど多くありません。また、その教室の受付にいた方達は私の夫の顔も名前も知らないという状況でした。
そこで、私がまだ控え室にいるときに到着した夫は、受付で一瞬言葉を失ってしまったと言うのです。
普通の夫婦なら「○○ですが、家内をお願いします」で通じるはずですが、受付にはその名前が私のものであると認識している人はいません。また、彼は野間さんではないので「野間ですが、家内を…」と言うのも違和感があります。
私が男性なら、ペンネームを使っていたとしても、妻は「野間の家内ですが、主人をお願いします」でいいですよね? ですが、現代日本語にはこの場合の『家内』に相当する男性一人称が無いのです。
日常会話では『家内』に対応するのは『主人』ですが、この言葉は自分で発するに相応しくありません。「野間の主人ですが、家内をお願いします」なんて言う人を見たことがありますか? あり得ませんよね。『主人』には『家内』という言葉に含まれているような“へりくだり”のニュアンスが無いからなのです。
おそらくこれは、女性が社会に出てきた歴史が浅いためだろうと思われます。これまでは男性が自分の配偶者の知り合いにへりくだらなければならないような状況が無かったのでしょう。
また、単純に『夫』という言葉を使うにもためらいがあったようです。初対面の人にいきなり「野間の夫ですが…」とは言いにくかったとの気持ちもわかります。
そこで彼は何と言ったか。「野間美由紀は僕の家内なんですが、呼んでいただけますか?」だそうです。回りくどい表現ですが、咄嗟に思いついたにしてはなかなかお見事だったと思います。
そのあと二人で他にどういう言い方があるか考えてみました。夫の風貌や年齢によっては「野間の亭主ですが」とか「野間の連れ合いですが」と言うのもいいかも知れません。でも、一見銀行員風若僧の夫には似合わない台詞です。『旦那』という言葉もありますが、これは公の場では使えないし、意味合いが変わってしまうことも考えられます。『宿六』『相方』『ダーリン』なども出ましたがすでにやけくそですね。
というわけで、言葉の性による格差について考えさせられた出来事でしたが、今では携帯電話の普及によって、あまりそういう心配をする必要はなくなってしまいました。配偶者の勤務先に電話をかけて取り次ぎを頼むということも、もう少なくなっているでしょうね。
でも、もし今後夫婦別姓が認められることになったら、もう一度「なんて言えばいいのか」と考えなければならない時代が来るかも知れません。そのとき、妻が不在の場で自分の立場を名乗る夫はどう言ったらいいか、ちょっと考えてみていただけると嬉しいです。
さて、次は近藤史恵さんにお願いいたします。自称『中途半端にエコ野郎』と言う近藤さんですが、生活の中の小さなこだわりには尊敬すべきものが多くあるので、いつも見習いたいと思っているんですよ。