新聞に『マディソン郡の橋』の作者がテキサスに住んでいて、「裏山をうろつくコヨーテやがらがら蛇とはうまく折合いをつけている」と語った記事があったので、思い出した。
テキサスの西半分は乾燥し、緑が少なく、飲み水もざらついた感じがある。泊めてくれた知人は、時折、哲人的な発言をする男で、「この土地の生き物は、地を這うか、咬みつくか、棘があるものだけだ」と言った。地を這うものはがらがら蛇のことで、彼の隣人の家の居間には、インテリアとして全長二メートルぐらいのがらがら蛇の皮が壁にピンで吊るされていた。皮だけになってみると、この蛇はみごとな菱形模様の持主であり、ダイアモンドバックという別名の由来がよくわかる。二メートルの大物も珍しいが、子供たちの間では二十センチぐらいの仔蛇が珍重される。と言っても、高値がつく訳ではなく、こういう生まれて間もないのは見つけにくいので、捕えたら自慢できるのだと聞いた。
しきりに泥棒に入られるスーパーの店主が頭に来て、夜、閉店時に店内にがらがら蛇を放し、翌朝、檻に戻す手段に出たとか。咬まれた泥棒がいたのか訊きそこねたが、あの店にはがらがら蛇がいると噂が拡がれば、それだけで防犯効果は充分あっただろうと思う。もっとも、防犯に毒蛇を使うのは違法なのだという。過剰防衛なのか、動物愛護法に抵触するのか。
がらがら蛇が泥棒よけになったり、子供の冒険の対象になったりするのは、いかにもテキサスらしくて、都民の近くに鴉がいるのと同じ位、身近にいる生き物であり、「うまく折合をつけた」生活になるわけだ。
日本の作家が毒蛇を凶器に使った例は存じあげないが、『続・幻影城』に収められている〈類別トリック集成〉を見ると、海外作家の短篇には幾つかあるらしい。ドイルの短篇しか記憶になく、ほかの作家は未読なので、毒蛇取扱いのディテールをどう描写しているのか解らない。しかし、まず、どこで毒蛇を手に入れたのかという疑問が浮かぶ。昔は、入手経路をたどられずに毒蛇を入手する方法があったのだろうか。たとえば、現代の東京だったらと考え、ペット・ショップに電話して在庫はあるか訊いてみようかとも思ったが、真面目に相手にしてもらえそうにないので、止めた。仮に、毒蛇をこっそり在庫していたとしても、いきなりの電話に正直に応待するはずがない。店頭での密売買はむりとなると、自らどこかの山野に踏み入り、野宿して蝮ややまかがしを探しまわることになる。これも、目撃されないように行動せねばならない。そして、一匹、見つけたとしても、どうやれば、咬まれずに捕獲し、袋とか檻に入れられるのか。もぞもぞ動いているやつの入ったリュックをかついで歩くなんて、想像するだけでぞっとする。これを被害者候補のお宅まで運び、家人に気づかれぬように効果的な場所に放すのも、簡単ではなさそうだ。
〈類別トリック集成〉には、毒蛇をステッキの中に隠す短篇があるという。これなら持ち運びには具合良さそうだが、ステッキの中に押し込むのが難しそうだし、日頃、ステッキを持ち歩いた人でないと、目立ってしまう。
こう考えると、毒蛇を凶器に使うのは、いまや極めて困難な時代に入ったと言わざるを得ない。と書きながら、思いついたのは、ペット・ショップの店主が外来種の毒蛇に咬まれて死ぬストーリー。彼がひそかに飼っていて、それにうっかり咬まれたのだと推測されたが、実は犯人が持ち込み、置いて行ったものだったというわけ。
でも、犯人がどこからそんな毒蛇を手に入れたことにすればよいのか。
|