日本推理作家協会会報

私の職業
柳 蒼二郎


 この度入会させていただきました柳蒼二郎です。入会に寄せての短文ということで、乱文雑記失礼いたします。
 私は専業作家ではありません。別に仕事を持っております。それについて少しお話させていただこうと思います。
 その仕事が何かと申しますと、看板屋です。しかも、恥ずかしながら二代目などという立場に甘えております。
 小学生の頃はそれを説明することが非常に苦手でした。住んでいた場所が農村だったので、周りの同級生が一様に〈農業〉と言っていたこともあり、自分も〈何々業〉と言わなければいけないと思ってしまったのが運の尽き。父の職業は何かと尋ねられる度に、必ず口を衝いて出る言葉が、
 〈ネオン業〉・・・・・・
 自分なりには、まさに名は体を表す解りやすいものだと思っていたのですが、友達には爆笑され、その父母連には父の仕事が全く伝わりませんでした。後で聞くと、どうやら皆、水商売だと思っていたようです。汗水垂らして日夜懸命に働く本人の与り知らぬところで、そんな間違ったことを吹聴する、私は実に困った息子でありました。
 中学に入ると多少の分別も付き、それではいかんと腕を組んで熟慮し、再び編み出した言葉が、
 〈看板業〉・・・・・・
 当然の如く、やはり周りには笑われました。自分では、どこがおかしいのだろうと首を傾けるばかり。
 大学に入る頃にはなんとなく(それでもなんとなく)解ったのですが、どうやら看板という言葉の下に付いて職業を類推させる正しい文字は、〈屋〉であるようです。屋が付いて親しまれている仕事に〈業〉を付けると、さかな業、やおや業、パーマ業、とこ業。
 確かに、なんのことか全く理解不能です。なるほど、〈業〉では広い。
 と、ここまでの道程に約十年を費やしてしまいました。その後、大学を卒業して社会人になってみると流石に解るようになりました。
 〈自営業〉・・・・・・
 なんとも、トホホなくらい簡単なことだったのですね。
 思考というものは一度ねじくれるとどこまでも曲がってゆくものだということをつくづく考えさせられました。
 小説を書くようになり、編集者と打ち合わせをするようになってからも、私の思考は快調に螺旋を描いているようです。主人公のモチベーション等、悩みに悩んで結論が出ず、どうしたものかと編集者に話してみると、ものの数秒で解決案が出る。出てみると相も変わらず、トホホなくらい簡単なことだったりする。
 (なんでこんなところで引っかかってるんだ、こいつは)と、絶対心中では思っているに違いない編集者の、
 「いや、良かったです。お役に立てて」
 その喜声と微笑が、耳に、眼に、胸に・・・・・・痛い。
 その度に、私の脳裏では〈ネオン業〉の四文字が、一点二滅で瞬くのです。
 話は逸れましたが、とりあえず私は専業作家ではないということはお解りいただけたかと思います。私はネオン業で看板業で、自営業であるところの会社役員をしております。今のところそちらが本職です。専業で日々文字を書き綴っていらっしゃる方々にとって日常である創作も、私にとってはまだ非日常です。元々本業本道の日常というモータをすべからく順転させるオイルとすべく始めた創作で、幸運にも新人賞を受賞し、幸機をいただき、今回日本推理作家協会に入会の運びとなりました。
 創作活動は私にとってどうやらオイルではなく、非日常というモータを回すための動力であったようです。
 とにも、私の中では二つのモータが動き始めました。元々思考がねじくれた私の中では、日常と非日常は二重スパイラルに巻き上がり、いずれもその別を失ったり、主副が逆転したりする日が来るかも知れません。どちらも疎かにすることなく前に進むために、ヘルメットと安全帯、原稿用紙とペン(私はワープロは清書用にしか使いません)は、常に備えていようと心の中でだけ誓っております。
  追記
 入会に伴う諸案内を通読して後、クラブ活動(?)のソフトボール部(?)に、非常に興味をそそられております。面白そうでもあり、忙しそうでもあり・・・・・・。ああ、思考は再び巻き上がる。