日本推理作家協会会報

サッカーは敵
大森 望


 そうです。わたしが2002年W杯のイングランド代表戦をナマで4試合も見たのにベッカム様本の翻訳を受注できなかった大森です。
 って、べつにイングランドの(あるいはディヴィッド・ベッカムの)熱狂的なサポーターというわけじゃなくて、購入できたW杯チケットにたまたまイングランドがらみの試合が(結果的に)多く含まれてただけなんですが、しかしそのおかげでイングランド人サポーターの濃い応援はつぶさに観察できたし、「マイケル・オーウェンはシンカンセンより速い」とか、謎の歌もたくさん覚えました。
 とりわけ強烈だったのは、天下分け目のイングランド×アルゼンチン戦当日の札幌大通公園。芝生の上が洩れなくイングランド人(と若干のアルゼンチン人)に占拠され、あちこちに高歌放吟の輪とチケットおよび物品売買の輪ができて、とても日本とは思えない状態。W杯恐るべし。
 新潟のイングランド×デンマーク戦後は、午前1時発の上越新幹線に乗って午前4時に東京駅に着くと、ほとんど人間の姿のない駅構内に、「山手線臨時列車のご案内です」のアナウンスが鳴り響き、W杯様のご威光をつくづく実感したというか、むしろスタジアムの外のほうがW杯的だったかも。そりゃま、ピッチ上ではサッカーやってるだけだからな。
 ナマで観た範囲でのベストゲームは、埼玉の準決勝ブラジル×トルコ戦の前半。凄絶という意味では、イングランドがなりふりかまわず守りまくって勝ったアルゼンチン戦の後半もしびれたけど、むしろ試合前後の街の雰囲気とか、外国人サポーターに占拠された営団地下鉄南北線車内とかのほうが記憶に焼きついている感じ。
 その意味でいちばん凄かったのは、日本×チュニジア戦後の狂乱の道頓堀ダイブ。周辺のコンビニではパンツが売り切れになったそうですが、試合終了から8時間経っても戎橋はまだ超満員で、若者たちがペンギンのようにどんどん飛び込んでゆく。真っ暗な道頓堀川を見下ろすと、上がるに上がれなくて(フリチンの人は待ちかまえている警官につかまってしまうので)泳いでる人が十人ぐらい。すでにタイガースの優勝はないとあきらめて、いまのうちにお祭りを済ませておこうと思ったのか。たまちゃんならいいけど、人間の場合はあとがたいへんです。
 ところで香山リカさんから頂いた新著『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ)を読んでると、「ぷちなしょな風景」の一例として、青い代表ユニに身を包み、日の丸ペイントで町に繰り出した若者たちの話が。前号で日本代表への熱い思いをぶちまけた古沢氏ほどの愛はないとはいえ、ぼくも長居のチュニジア戦のときは青いジャージ(ただし2002Korea/Japanのロゴ入りなのに何故か衿がついてるというこの世に存在しないデザインのユニフォームで、喜国雅彦氏から爆笑されました)を着てったんですが、セネガル戦のときはセネガルのTシャツ着てたし、イングランドやブラジルのユニも着てたからなあ。
 したがって、日本代表にしか興味がない人の気持ちはどうもよくわからないんだけど、しかし考えてみればこの国にはベッカム様にしか興味がないおねえちゃんとか、「イルハンみたいな子がいるって、どうしてもっとはやく教えてくれなかったのよ!」と噴るおばさんとか、ナショナリズムもグローバリズムも超越した尺度からW杯サッカーを愛している人たちもたくさんいるわけで、うまくバランスがとれているのかもしれない。
 それにしても、終わってからまだ二カ月ちょっとしか経っていないというのに、もうはるか昔のことのような気がするのはなぜ。じっさい、欧州リーグもすでに開幕し、イングランド、オランダ、スペイン、イタリアetc.の各国リーグ戦にチャンピオンズリーグ予選――とTV中継を見はじめたらキリがない。
 W杯中はまるまる一カ月間、翻訳がストップしたおかげで7月は死ぬ思いをすることになったし、けだしサッカーは仕事の敵――なんですが、仕事がサッカーの敵だという考え方も当然ある。というわけで、次回はサイモン・クーパーの名著『サッカーの敵』の訳者で――韓国までW杯観戦に出かけた――柳下毅一郎氏をピッチに送り出したいと思います。